コンサルタントはきょうも語る

現役経営コンサル兼ピアニストが仕事術とピアノと減量と英語と沖縄とかについて語ります

患者にやさしい医療の陰で

筆者の趣味の世界での友人にはなぜか医者が数でも割合でも多いのですが、日々の或いは集まったときの会話から、医療従事者側の悲鳴(愚痴?)がよく聞こえてきます。

国籍でいうと主に日本人、米国人、カナダ人、ドイツ人、診療科でいうと循環器内科、泌尿器外科、腎臓内科、消化器外科、消化器内科、神経精神科、心療内科、眼科(うち一人はかなり有名なドクター)と多岐にわたりますが、最近ある外科の友人がこぼしていたことがとても気になったので今回はそれについて書いてみます。

医療の大きな流れの一つ(アンメット・メディカル・ニーズ)に、低侵襲化というのがあることはこれまでもたびたびこのコラムでイノベーションや構造変化の兆候として例を挙げて述べているところです。たとえば糖尿病患者の方が針を刺さずに(痛みを感じることなく)血糖値を測定できる新製品、通院で治療できる腹腔鏡や内視鏡での手術、などです。

友人のドクター曰く、この腹腔鏡や内視鏡での手術というのが、実は医師にとって特に身体的に負担が(従来の術式に比べて)格段に高いのだそうです。ベテランとはいえまだ40代の医師ですが、その手術が一日に3件集中する日があり、その日は3件目の手術が終わると疲労困憊で倒れそうになるということです。しかも、従来に較べてリスクが高いのだそうです(最近ある大学病院で腹腔鏡手術による死亡例がありましたが)。

こんなことを言うとじゃあ内視鏡や腹腔鏡はダメじゃないか、と言われそうですがそういうことではなく、新しい治療法というのはその本質的な難易度は低くとも、臨床実習生の頃から見聞きし実践し熟練を積んだ術式に較べたら相対的に難しくなるのは当然だと思います。我々の仕事でもそうですよね。いくら使いやすいツールだと言われても、新しいツールに変わっただけで最初は抵抗があるし、慣れるまでにある程度の期間を要しますよね。

問題は、新しいやり方に慣れる前に、若いドクターが外科を辞めてしまうケースが増えているということでした。そもそも医学生が外科を志望しなくなっていることに加えて、せっかく外科の道を選んでもベテランになる前に辞めてしまうのでは信頼できる外科の専門医は減る一方です。以前も述べましたが、医師の数が多いか少ないかではなく、診療科による偏在が問題なのです。

ジャーナリズムは医師があたかも高給取りで悪徳な感じで面白おかしく書いていればそれで商売になるからいいですが、そもそも勤務医も開業医も所得水準は一般に認識されているほど高くは無く、またかなり昇進したとえば統括部長クラスになっても、やはり当直はある上に事務負担は増え、院内の政治力学もあり、それはそれで大変なようです。話を聞いているとむしろ民間企業より神経をすり減らす、場合によってはかなり「ブラック」な組織であるようなことも聞いています(本人の主観もあるので割り引いて話を聞いていますが)。

要は、患者にやさしい、医療の質向上と効率向上、医療費抑制、といった至上命題がある一方で、現場で実際に医療を支えている医療従事者に対する配慮はどうなのか、ということです。これは介護事業にも形は違えど本質的に同種の問題として言えることだと思います。「医療崩壊」などという見出しをつける記事もありますが、どこまで本質を衝いているのかという点もありますし、また行政がどこまで真剣にこの問題に向き合い、手遅れにならぬ前にアクションを起こすか、あまりお上頼みにはしたくないことではあるものの、どうしてもそこに帰着してしまいます。

こんな状況で我々「賢くなる個人」としてできることは、自分や家族のQOLばかりを求めるのではなく、この問題の深刻さを認識したうえで医療を捉え、機会を捉えて発信することが最低限求められているというのが今回披露したかった私見です。