コンサルタント=ピアニスト=ランナーはきょうも語る

現役経営コンサル兼ピアニストがランニングと仕事術とピアノと英語とかについて語ります

アルツハイマーという難敵を倒す第一歩

デジタルバイオマーカーの出現

「見えないものはマネージできない」という表現があてはまるのは企業経営だけでなく医療の世界も然りです。特に心の病、脳機能に起因する病などはその最たるものです。「見える」ようにする、すなわち可視化するのがバイタルやバイオマーカー等なのですが、ここにきて「デジタルバイオマーカー」という概念も出てきました。

 

Mindstrong社

認知症は特に診断がやっかいです。どれだけ進んでいるのかを患者の行動から判断するしかないのが現状ですが、ここに来て定量的に判断するバイオマーカーというのが開発され、いくつか特許も取得しているようです。
これを基に認知症などの疾患のマネジメントを事業にしようとしている企業に米国で2014年に設立されたMindstrongというベンチャーがあります。

mindstronghealth.com

Mindstrong社は、既にForeSite CapitalやARCH Venture Partnersを含む6社ほどのベンチャーキャピタルの支援を受けています。どうやって測定するかというと、スマホを使って患者が字を書いたりしたもので判定するアルゴリズムとデータベースがあるのだそうです。このアルゴリズム構築には実際に被験者の行動と疾病の進行から「かなり高い再現性」で判定ができ、知的所有権としての価値も認められる水準なのだそうです。

 

アルツハイマー認知症という問題

アルツハイマー認知症は、寿命伸長と、心疾患等他の疾病の治療が進化する中、地球的に人類にとってますます深刻な課題となっており、しかも難敵で居続けています。

Alzheimer’s Disease Internationalによると、2016年時点で全世界のアルツハイマー認知症罹患者は4,400万人、ただし診断されている患者はその1/4、そしてそれらの患者の年間ケア費用は6,050億ドル(世界GDPの約1%)という巨額なものと推定されています。

これはすなわち莫大な潜在市場が存在することを意味します。これを医薬品メーカーが狙わない筈はありません。当然の如く各社はアルツハイマー認知症治療薬の開発にここ数十年躍起になり巨額の投資をしています。Scientific Americanの2014年の記事によると、2002年から2012年にかけての10年間だけをみても、候補物質の数は244もありました。
ところが実際は一つとして「治療薬」の開発に成功した例は未だかつてありません。開発の結果は死屍累々なのです。最近の最も華々しい失敗は米国のグローバルメガファーマであるイーライ・リリー(Eli Lilly)の抗体医薬solanuzemabu(ソラネズマブ、一般名)があります。同社が成長を賭けていたこの候補物質は、11月末にフェーズⅢ試験のエンドポイント(開発目標)を達成できないと同社が発表しました。これを受けて、同社の株価はその日5%下落しました。当時時価総額約9兆円でしたから、一日にして約9,000億円の損失となります。
失敗したのはLillyだけではありません。PfizerもJ&Jも、日本の武田薬品もそうです。失敗の要因はいくつか挙げられていますが、まずアルツハイマーの原因とされるアミロイドβというたんぱく質の過剰な蓄積、これを抗体医薬等高分子製剤によって除去するというアプローチそのものに原因があり、他の作用機序をターゲットにすべきではないかという意見も出ていますが未だ成功していないようです。また、アルツハイマーを正確に診断するためのバイオマーカーが存在しないという、診断技術上の問題もあります。

そして、もう一つ挙げられているのは医薬品メーカーの開発の在り方です。医薬品メーカーは、候補物質の可能性を信じ切っており、開発中止という大きな意思決定(埋没費用=サンクコストであるにも関わらず)をすることができない、という企業一般の意思決定上の問題を抱えています。「いい薬のはずだ」と信じ切っているので、疑うのは開発計画です。フェーズⅡであまり芳しい結果が出ていなかったにも関わらず、患者セグメントを絞る(サブグループと言っています)、統計的処理技術を駆使する、等して、何としてでも統計的に有意な有効性・安全性を「証明」しようとします。上述のsoanuzemabuの場合もそうでした。もしフェーズⅡの段階で意思決定できていれば、損失ははるかに小さく抑えることができたのは、過去の他社の失敗からも明らかなことです。

一流と言われる医薬品メーカーでもこのようなことが常態化しているのが、残念ながら医薬品開発の実態です。そして、この問題は永年に亘って放置されているに等しい状況です。米国のトランプ新大統領が医薬品業界に対して厳しい視線を向けているのは、むしろ解決が遅きに失し続けている構造的問題を解決し、医薬品市場・業界の本来あるべき姿を実現する上では福音となるかもしれません。

 

大きな問題の解決も一歩から

認知症は、グローバルに、最大のアンメットメディカルニーズの一つです。特に診断も治療も難しいという意味においてダブルに厄介です。

診断と治療は独立ではなく、診断技術の進歩によって治療が進歩することもありますので、まずはMindstrong社の技術のように「見える化」することは大きな一歩です。