コンサルタント=ピアニストはきょうも語る

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骨粗鬆症治療の医療経済学

目下自分が主査を務める社外の研究会のテーマの一つに「骨折予防」を取り上げており、骨折の主たる要因の一つである骨粗鬆症が医療経済学的にPayするか(費用対効果が見合うか)について、文献調査や専門医、製薬会社等へのヒアリングを行なっているところです。

一つの論点として、そもそも骨粗鬆症の薬物治療が医療経済学的にどうなのか、について今回は調べたことを基に書いてみたいと思います。

現在では、そもそも新薬承認審査の際に、薬価算定にあたって医療経済学的な観点での検討が必ず行われますが、以前はそもそもデータが存在しない、医療経済という視点が重視され、研究が進み、制度化されている状況とは程遠かったため、現在使われている薬は(骨粗鬆症に限らず)必ずしも費用対効果がプラスになっているかが明確でないものがあります。

骨粗鬆症の医療経済に関する論文はそれほど多く書かれている訳ではないのですが、その中でこれは良いと思った文献に、「骨粗鬆症の医療経済~転倒の医療経済に及ぼす影響」(林泰史、東京都リハビリテーション病院(当時)、原宿リハビリテーション病院名誉院長(現在)、2009年)というものがあります。この内容がとても示唆深いので、まとめてみたいとおもいます。

まとめを転記しますと:

高齢転倒者のうち男性では7.4%の骨折を含めて21.2%が重症、女性では10.1%の骨折を含めて15.9%が重症となる。全国で生じる約14万6千人の大腿骨近位部骨折患者の医療費は1人あたり132万円であり、そのうち13.6%が寝たきりとなる。転倒に要する医療費は年間約1,955億円、医療・介護費用は9,141億円に達することから、4,500億円以下で転倒予防を行ない、転倒・骨折率を1/2以下に抑えることができれば見合うことになる」

ということです。

この結論では「4,500億円以下にできれば」とありますが、この論文中にある試算においては、骨粗鬆症治療薬の費用と、ヒッププロテクターの費用、およびこれらの転倒予防効果が前提を置いて算出されており、費用合計は骨粗鬆症治療薬だけで1兆円を超え(1,000万人の国内骨粗鬆症患者が全員服用と仮定)、ヒッププロテクターの費用が2,000億円となるため、これらの合計1.2兆円は軽く4,500億円を上回ってしまう。

骨粗鬆症薬を正しく服用あるいは投与したとしても、専門医の見解によると、骨折予防効果はせいぜい30%~50%であるため、まとめにある「1/2以下に抑えることができれば」というのもギリギリの線である。

効果については、直接的な医療費・介護費を見込んでいるので保守的な前提と言えるが、実際に患者のQOLを考慮した試算とすれば当然ながら効果は増える。しかしながら、たとえばQALY(Quality-adjusted life year)を用いるにしても、その前提の置き方は容易ではなく、また根拠となるデータも必要であり、信頼の置ける分析を行なうには大規模な調査を行なう必要があるが、現時点ではそのような調査(JOINTというものが行なわれているということだが)や成果は出ていない。

筆者は医療経済的にはプラスになるものだと直感的には信じているが、その根拠はQALYのような指標を導入することによる効果の適切な計測のみならず、骨折予防には、骨粗鬆症治療薬とヒッププロテクターに加えて、患者の住環境や、患者自身の行動変容にも効果があるだろうと思っているからである(専門家へのヒアリングに基づいている)。さらに、骨粗鬆症治療薬のいくつかが特許失効し薬価が下がっているため薬物治療の費用が減っていることも理由に挙げられる。

ただし、林先生の論文の前提には、薬物治療、ヒッププロテクター双方のアドヒアランスが高いことがあるため、医療経済的にプラスになるには、製薬会社や医師・薬剤師・看護士・介護士、患者、患者の家族、政府・自治体を巻き込んだ「統合的」な取組が欠かせず、このような取組は必ずしも既存の制度・システムでは促進されないため、俄然難易度が上がってしまう。我々の研究会ではまさにこのように既存の枠組では「構造的に」解決が困難であるが、健康長寿の実現と社会保障費抑制の両面でインパクトが大きい未解決問題を如何に解決するかという難題に取り組んでいる。

骨折予防に関しては、この課題の解決に先進的なイギリスにおける「骨折予防リエゾンサービス」が効果を上げつつあると聞いており、日本でも類似の取組が始まっていると聞いており、一つの光明が見えている気がしている。このような取組が実際に効果があるのであれば、ぜひその発展に寄与したいと考えている。