コンサルタント=ピアニストはきょうも語る

現役経営コンサル兼ピアニストが仕事術とピアノと減量と英語と沖縄とかについて語ります

ピアノとの対話

昨日の午後、ピアノに関する悩みが一気に解消する天啓を受けた。

スクリャービン の白ミサ(ソナタ7番)を練習中のことだった。

この曲は既に2年は弾いているが、ここに来てようやく様々なアイデアが一つのまとまりになりつつある。

一音一音に全神経を集中し響きを確認しながらタッチやペダルをコントロールしていると、ふとピアノと対話している自分がそこにいた。

ピアノを制しようとしているのではない。

マインドフルに没入しスクリャービンの世界に浸っている自分がいた。

天啓といって良いであろう。

こんな感覚はかつて一度だけショパンマズルカを弾いているときに感じて以来だが、あの時とは違う。自分が何をしているのかを今回は明瞭に意識できているからだ。当時の感覚には再現性が無かったが、今回はある。

この感覚を再現すべく、着手して間もないベートーヴェンの作品109でもやってみた。

今朝は弾けなかった3楽章の第5変奏が無理なく弾けるではないか。

メシアンの喜びの聖霊のまなざしでも試してみた。無駄なカドがとれ、より輝く音でしかも整理して弾けている。

バッハ平均律2巻4番のフーガでもやってみた。無駄な力が抜けて音楽の流れが良くなり、声部が際立つ。

対話は一つ一つの音においてピアノとコミュニケーションができる速度でなければならない。始めて間もない曲は当然ゆっくりしか弾けないが、それが曲と自分が一体になる最速の方法だと思う。

今までの練習は聴いているようで聴いていなかったのだ。ピアノに自分勝手を押し付けていただけ。これではいい演奏はできないし時間もムダになる。

ピアノ再開して10年、やっとこの境地にたどり着いた。しかしこれまでの回り道があって初めて辿り着けた境地でもある。決して今までの努力がムダということではない。

ここからが新たなスタートだ。