読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

コンサルタントはきょうも語る

現役経営コンサル兼ピアニストが仕事術とピアノと減量と英語と沖縄とかについて語ります

弾きたいと言っているうちは弾けない

ピアノを弾く人ならおそらく多くの人は「この曲弾きたい」という曲の一つや二つはあると思う。

そして、それらの曲をいつか弾けるようになりたいと思っていることと思う。

しかし問題がある。

弾きたいと思っているうちは弾けるようにならないというパラドックス的な事実である。

自分がいまそうだったし、昔はそうでなかったので判るのである。

今の自分は、「この曲弾きたいな。でも難しいな。なぜかといえば〜〜〜」と音楽的メカニカル的難しさを先に考えてしまう、すなわち課題や阻害要因や障害が先に立ってしまうのだ。

かつて次々に難曲を手掛けていた頃、大学1年から4年にかけてだが、弾きたいと思うや否やもう既に弾ける確信が生まれていたものだった。リストのソナタベートーヴェンのハンマークラヴィーア、ラベルの夜のガスパールストラヴィンスキーペトルーシュカラフマニノフソナタ2番、ドビュッシーエチュード、どれも数ヶ月で本番で暗譜で弾いたし今に較べると練習時間はとても少なかった。もちろん音楽としては今の方が正確ではあるかもしれないが当時の方が流れや勢いはあったように思う。

要は弾けるために一番必要なのは確信なのだ。

月並みな言い方をすれば音楽が頭に入っていること。脳内で完全再現できること。ピアニストの場合、それができることはほぼ運動感覚も伴っていることが多い。弾けない箇所は実は運動ではなく理解が不十分なことが多い。弾き方は音楽に従属する。

「あ これはこういう曲だな」とピアノに向かう前からわかってしまっていること。これよりも短期間に曲をマスターするのに効果的なことはない。

もう一度あの感覚を取り戻そうと思う。