コンサルタント=ピアニスト=ランナーはきょうも語る

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ヘルスケア業界を読み解くキーワード(1)先端技術編①

ヘルスケア業界を担当するコンサルタントとしては、最新のキーワードを業界を、特に業界の変化を読み解くコンセプトとして捉えて理解していなければなりません。

毎週社内メルマガに一つずつ自分の解釈つきで紹介しているものをシリーズで書いていきたいと思います。

シリーズ第1回目は先端技術編です。

 

ベイズ統計

  • ビッグ・データに関連し、ヘルスケアに限った話ではなく政治や金融、ITの分野で近年ようやく活用され成果をあげつつある数学、特に統計の1分野であるベイズ統計は、実は医薬品や医療機器のシーズ探索含む開発期間短縮に威力を発揮することが期待され、応用が始まっています。既に2006年に医療機器開発に関して米FDAからガイドラインを出されました。
  • ベイズ統計(Bayesian Statistics)とは、簡単にいうと従来一般的に理解されている確率・統計論と異なり、既にある情報を基に、より少ない試行(という数学用語が統計学を判り難くしている)すなわち実験でより信頼度の高い推定が得られる手法であり、理論としてはかなり古い(18世紀イギリスの数学者トーマス・ベイズ(Thomas Bayes)が提唱)ものの、最近脚光を浴びているのはいわゆるビッグ・データの台頭に起因しています。
  • 数学的な説明は割愛するが、ベイズ統計は条件付確率に関するベイズの定理が基本、すなわち既にある事象が起こっていることがわかっている前提である仮説が正しいかどうかを検定するアプローチです。ベイズ統計における確率はしばしば「主観確率」と呼ばれ、一見して厳密さを欠くと誤解されることもありますが、言ってみれば「仮説ドリブン」であり、より不確実性が高い状況で威力を発揮する。従来の確率は「頻度主義」であり、無限回の試行(たとえばサイコロ投げ)を前提としているが、ベイズ確率は複数の仮説(MECEな仮説構築が必要)のもっともらしさを調べる、より現実的なアプローチなのです。
  • 一般に基礎数学は直接ビジネスに関係ないと思われているが、そうではない。また、このような考え方をもっているかいないかで行動規範まで左右されることもあります。ベイズ統計はその一つです。
  • IoT、Industry 4.0といわれる流れの中で、今後もっとも必要とされる人材はデータ・アナリティクスができることとよく言われるが、データ・アナリストにとってベイズ統計は必須だという人も出てきています。

 

インシリコ

  • インシリコ(in silico)は珪素を意味するラテン語silicoの中で(この場合inもラテン語です)という意味で、珪素半導体の意味、すなわちコンピュータで、ということです。特にヘルスケア領域においては生体のメカニズムや新薬の効能等をモデリングの上数値シミュレーションすることを意味します。インシリコに対して、動物や人体で試すことをインビーボ(in vivo)、試験管などを用いて実験することをインビトロ(in vitro、vitroはガラスの意味)と言い、医薬品業界や医療従事者は当たり前のように使う言葉です(ラテン語を使うとかっこいいと思うのは米国人もそうですが)。
  • 実際、インシリコ創薬という分野が出現しています。インシリコで新薬をデザインするには、まず創薬ターゲットの探索が必要で、このためにゲノム情報やバイオインフォマティクスを利用します。次に、創薬ターゲットに対してドラッグデザイン(文字通り薬物の設計)を用いて、病因を阻害する薬剤候補を探索します。さらに、その薬物がどういう挙動をするか、インシリコADME(吸収、分布、代謝、排泄)、PKPD(薬物動力学)で計算機で予測するというもので、これらは従来in vivoやin vitroで行なわれていたことを一部もしくはかなりの部分代替するもので、新薬開発プロセスにおいてますますコンピュータとITが浸透していくことを意味します。

 

ファーマコゲノミクス

  • ファーマコゲノミクス、pharmacogenomicsとは、pharmacology(薬理学)とgenomics(ゲノム学、ジェノミクス)との合成語で、広くは遺伝子の違いによる薬の効き方の違いに関する一連の研究を指し、最近ではより限定的に個人の遺伝子型に起因する薬による副作用(重篤事象)の発生を回避することを意味し、最近ではあまり使われなりましたがテーラーメード医療、個の医療を実現するのに不可欠な、重要な研究分野です。
  • 薬の副作用には軽いものから致命的なものまで様々なものがありますが、重篤なものの中には薬剤性肝障害や特定疾患であるSJS(スティーブンス・ジョンソン症候群、薬疹の中でも特に重症のもの)があり、これらは遺伝子に起因することが判ってきています。
  • かつては薬の効き方の違いを「体質の違い」とかたづけていたものが、ファーマコゲノミクスが進展するにつれ、その「体質」とはつまり遺伝子のことであることが次々に判明しており、「下手な鉄砲数うちゃ当たる」的なものであった薬物治療がより選択的に、すなわち有効になってきています。そしてそれを判断するものが「ゲノム診断」と言われる遺伝子型の検査で、既にいくつかの検査は保険収載されています。さらに、遺伝子に起因することが判明した疾患を対象に新たな薬を開発することをゲノム創薬と呼んでおり、ファーマコゲノミクス、ゲノム診断、ゲノム創薬をまとめてゲノム医療ということもあります。
  • 遺伝子編集も今最もホットな分野であり、従来の薬理学の知見の上に、コンピュータやITの進展によるin silicoの拡大、さらに製薬会社のみならず様々な業種の参入の相乗効果が期待される領域です。

 

クオンテイフェロン

  • 昨年、警視庁渋谷警察署で昨年19名が結核に感染していたことがニューズになりました。結核に感染しているか否かを調べる検査としては喀痰検査や血液検査がありますが、よく知られている血液検査法であるツベルクリン反応には実はBCG接種を受けている人が陽性になる(偽陽性)という重大な欠陥があるため、この欠陥を克服する新しい血液検査の方法が既に使われています。この検査がクォンティフェロン(QFT(インターフェロン-γ測定試験)と呼ばれるものです。
  • この検査は、血液を結核菌特異抗原(ESAT-6とCFP-10)とともに20時間程度培養し、特異抗原により刺激を受けたTリンパ球により産生される、インターフェロン-γ(IFN-γ)という生理活性物質の量を酵素免疫測定法により測定し、結核の感染を判定する方法です。BCGの影響を受けずに結核検査が可能であること、血液で、数日間で検査が可能なことから、結核患者と接触があった場合の健診に使用されています。ただし、過去に結核を罹患したことがある人は必ず陽性になるので、新たに感染したか否かの判定には使えないという問題もあるので注意が必要です。
  • 結核は現在でも世界で毎年800万人が感染しその25%である200万人が死亡する恐ろしい感染症であり続けています。日本での感染者数は毎年2万人前後ですが、先進国の中では高い方で「中蔓延国」とされています。乳児の段階でBCG接種を受けてもその効力は成人になる頃には既に失われていますし、必ずしも高齢者だけが感染・発症する疾病でもないため、私たちも留意しましょう。

 

PD-L1

  • 新しい薬の中で、いま最も注目を集めているのががん免疫療法ですが、PD-L1とは、新たに解明されたがん細胞が人体の免疫から自分を防御する抗体のことです。
  • 人体を防御する上で最も重要な働きをする免疫システムが、自らの細胞が変異したものとはいえがん細胞を攻撃できない、したがって人体を侵すがん細胞が増殖できる理由は、がん細胞が発現するPD-L1という物質が、がんを発見した樹状細胞(免疫システムの司令塔的存在)から指令を受けたT細胞(免疫の前線で働く)が、がん細胞を攻撃しようとしても、このPD-L1がT細胞が発現するPD-1と結びつくことで、T細胞が攻撃を停止するという「免疫逃避機構」が作動してしまいます。
  • 新薬の開発の第一歩は、まずこのようなメカニズムを特定することであり、いわば問題の半分は解決されたことになり、次は解決方法の探索になります。そこで、この免疫逃避機構を阻害する、「免疫チェックポイント阻害薬」の開発に各社乗り出すことになりました。抗PD-L1抗体もしくは抗PD-1抗体の開発です。2013年には米科学誌Scienceが”Breakthrough of the Year”に選出した領域でもあります。
  • 日本の中堅製薬会社の中でも、新薬開発がなかなか進まず、長期収載品に頼ってきた代表格が小野薬品で、その将来展望はこれまでは明るくなかったのですが、オブジーボ(一般名:ニボルマブ)という抗PD-1抗体の開発に成功し2014年にはメラノーマ(悪性黒色腫)を適用として承認されたことで一躍脚光を浴びることになりました。
  • ロシュ(中外の親会社)やファイザーといったグローバル大手製薬会社各社も免疫チェックポイント阻害剤を開発中であり、次の大きな医薬品市場セグメントを形成することになるでしょう。

 

プロテオミクス

  • プロテオーム解析(Proteomic analysis)、またはプロテオミクス(Proteomics)とは、特に構造と機能を対象としたタンパク質の大規模な研究のことです。 タンパク質は細胞の代謝経路の重要な構成要素として生物にとって必須の物質です。
  • プロテオミクスproteomicsはタンパク質proteinと「総体」を意味する接尾語-omeの合成語で、ゲノミクス(遺伝子genome+ome)と同じ構成であり、一つのタンパク質を対象とするのではなく、ある組織や個体の中のタンパク質の集合・構成を総体として分析するもので、これによりたとえば正常組織がなぜどのようにがん化するのかを解明し、診断・治療法や予防法を特定することを目的としています。
  • タンパク質は遺伝子よりもはるかに複雑であることなど研究には増殖や分析を行なう上で様々な阻害要因があるのですが、2002年にノーベル化学賞(当時島津製作所社員であり、現役サラリーマンとして初のノーベル賞受賞)を受賞した田中耕一氏の研究は「生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発」であり、これはプロテオーム解析の進歩に大きく貢献したものです。
  • 現在最先端の抗体医薬や細胞治療もある特定の一つの細胞の働きが解明されたところを対象にしているのであって、複数のタンパク質の相互作用を対象にしているのではないのですが、実際にはアルツハイマーにしても心筋梗塞にしてもがんにしても複数のタンパク質が関与していることが基礎研究レベルではわかっている場合があり、より効果的な治療の実現に今後プロテオミクスが主役として貢献することが期待されている最先端の分野です。

 

次回も先端技術編は続きます。