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ショパン前奏曲集作品28⑫

レコード芸術」誌2015年10月号にピアニストの下田浩二氏が連載「ピアノ解体新書」第58回に「マヨルカ島で生まれた24の真珠」と題してショパン前奏曲集作品28の解説を簡潔に書かれており、これが素晴らしいのでテキストのみ引用させていただきたい。とても勉強になる。


ショパン国際ピアノ·コンクール
この10月、ワルシャワで「第17回ショパン国際ピアノ·コンクール」が開催される。現存最古の音楽コンクールで、5 年に一度というオリンピック以上の開催間隔であるこのポーランドの国家事業は、世界の若きピアニストの憧れである。コンクールは3回の予選と⚫️●で入賞者が選ばれるが、第3次予選で今回大きな変化があった。従来のソナタ第2、3番に加えて、《24の前奏曲作品28》が選択可能になったのである。モノトーンになりがちのセミファイナルがより活気あるものになろう。

 

ショパン作品の真珠

24の前奏曲作品28》を「ショパン作品の真珠」と評したのはアントン・ルビンシテインだが、その言を待たずとも、作品はショパンのエッセンスが凝縮され輝きを放ち続ける。ショパンは、バッハに畏敬の念を持っていた。バッハの2巻からなる全調24曲ずつの《平均律クラヴィーア曲集》へのオマージュが、ショパンに《 24の前奏曲》を着想させたことは、まず間違いない。しかし、内容は違う。平均律クラヴィーア曲集が、前奏曲とフーガ1組ずつで24組をなすのに対し、ショパン前奏曲というミクロが24曲集まってマクロ的音楽を生み出す1曲ずつの美が、全曲では有機的世界の雫となる。調性配列は、パッハは同主調が半音階で上行進行していくのに対し、ショパンハ長調イ短調ト長調ホ短調・・・と、平行調同士が5度圏を廻っていく。これは、連作性を高めると同時に、移り変わる際に生ずる「弱進行」により、作品が古雅な響きを深める魅力を生んでいる。実はこの「小品連作と調整配列順」のコンセプトは、フンメルが1814年頃に作曲した《24の前奏曲集作品67》からの影響も大きい。それは、まさにショパンの先駆である。また、メインの曲の調性への導入や楽器の手ならし目的の前奏曲は、ショパン以前もクレメンティ、クラマー、ヴュルフェルなどにより多数作曲されていた。

 

バッハ=小川からショパンの水の流れへ

24の前奏曲》の作曲開始時期については、1831年、1836年、1838年説など諸説あるが、いずれにしても、1838~39年にかけてまとめられた。ちょう ど、ショパンとジョルジュ·サンドが、愛の逃避行をしたマヨルカ島で成立したのである。24曲のどれにも内在する“水”や“雨”のインスピレーションはそのためで、まさにバッハ=小川から生まれたショパンの水の流れである。

 

聴きどころ

24の前奏曲》は、本当に様々な要素の集合体である。全曲演奏には40分前後を要するのにまるで飽きることがないのは、その多様な音楽のおかげである。曲の長さは、第9番のたった12小節のものから、第15番の89小節や第17番の90小節といった長い曲まである。技巧的には、第12番や第16番のように最高の技術が必要なものから、比較的易しい曲までそろう。性格は、青春の憧れのような第1番、葬列のような第2番や第20番、激情の発露たる第18番や第24番。第13番の幸せな舟歌や第4番、第6番、第15番「雨だれ」などの雫。第7番には小マズルカとしてポーランド的要素まで。さらに、いつも寄り添うショパンカンタービレ・・・。それら全てを融合する鍵は、マヨルカの船旅や雨で流れる川などからの「水」のインスピレーションかもしれない。24曲が連続した有機的な演奏を聴くときの感動は計り知れない。

 

第1番ハ長調アジタート:まさに舞台の幕開き。 3声体を基本に揺れる和声。

第2番イ短調レント:ホ短調の和声から不明瞭な転調を経てイ短調に落ち着

第3番ト長調ヴィヴァーチェ:左が急速に伴奏オスティナートを奏し、右は伸びやかに歌う。

第4番ホ短調ラルゴ:左手が半音階的和声を下行しながら刻み、右手が溜め息をつく。

第5番二長調モルト·アレグロ:ポリリズムで始まり、微妙な陰影を生む急速な無窮動。

第6番口短調レント·アッサイ:チェロを愛したショパンのピアノでのカンターピレ。

第7番イ長調アンダンティ-ノ:瀟洒な小マズルカマズルカ3舞曲のうちの「マズル」。

第8番嬰へ短調モルト·アジタート:細かいフィギュレーションがメロディに絡む。

第9番ホ長調ラルゴ:大河のような歌。たった12小節の「大曲」の感興。

第10番嬰ハ短調モルト·アレグロ:即興曲のよう 雪崩のようなパッセージと小カデンツ

第11番口長調ヴィヴァーチェ:微細な和声変化や重音使用などがエレガントな表情を生む。

第12番嬰ト短調プレスト:左手の規則的な音型にのって上下行する右手の焦燥。

第13番嬰へ長調レント:優しきゴンドラの歌。中間部のほほ笑みと悲しみ。美しい。

第14番変ホ短調アレグロ:一転して嵐が訪れる。全曲がユニゾン

第15番変二長調「雨だれ」ソステヌートサンドによれば、マヨルカ島のヴァルデモサの修道院で、「ショパンは、屋根に落ちる雨だれの音の中で、涙を流しながら素晴らしいプレリュードを弾いていた」という。その曲だと言われているが、第6番説も。

第16番変口短調プレスト·コン·フォコ:静寂を突き破る導入に続いて、急速なパッセージが渦巻く。

第17番変イ長調アレグレット:幸せな無言歌。バス響に現われる11回の鐘の音も印象的。

第18番へ短調モルト·アレグロ:急速なパッセージと断ち切る強奏。激情と慟哭。

第19番変ホ長調ヴィヴァーチェ:優美。しかし3連音の開離和音は難しい。

第20番ハ短調ラルゴ:荘厳な和音による葬送行進曲の趣。

第21番変口長調カンタービレ:息の長い旋律をすばらしい和声の伴奏が支えるノクターン

第22番ト短調モルト·アジタート:激情する左オクターヴと右シンコペーションカプリッチョ風。

第23番へ長調モデラート:アラベスクのような右手の16分音符に、左手が徵妙に絡む。最後の未解決のEsは美しき不安

第24番二短調アレグロ·アパッショナート:力強い左の伴奏と右手の激烈な旋律とパッセージ。最後はDの最低音をffで3回叩いて英雄の末期を聴かせ、全曲を閉じる。

 

演奏の難所

この作品を1曲2曲単独で弾くときと、24曲全曲を弾くときとはまるで難しさが異なる。言うまでもなく全曲を弾く集中力と音楽力と技術力は相当高くなければならない。一方で、1~12番や13~24番などと前半や後半だけを弾くこと、1~8番、9~16番、17~24番など3分割の組所み合わせ、さらには1~4、21~24番など4曲での組み合わせで弾いても、相応の音楽的満足感が得られのることは、奇跡的である。技術的難しさでは、第12番、第16番は最高度に難しく、次いで第8番、第19番、第24番といったところも練習曲的要素を併せ持つが、単調にならないところはさすがにショパン。対位法的な難しさも第1番、第5番、第6番、第8番 などなど、随所にある。対位法が重要なのは、ショパンのほかの作品でも言えることだが、特にバッハへのオマージュでもある本作品で重要なのは当然であろう。