コンサルタント=ピアニスト=ランナーはきょうも語る

現役経営コンサル兼ピアニストがランニングと仕事術とピアノと英語とかについて語ります

ヘルスケア業界を読み解くキーワード(2)先端技術編②

前回は、毎週社内メルマガで書いているヘルスケアコラムのキーワードのうち、先端的な技術のキーワードを6つ選び解説しました。 

jimkbys471.hatenablog.com

 

前回に続き、今回も先端技術編②としまして、6つのキーワードをご紹介します(6に特に意味はありません・・・)。

 

マイクロバイオーム

  • 数年前からTVCMなどで取り上げられるようになった腸内細菌が健康の鍵を握るものとして着目されています。ヤクルトは昨年「腸トレ」というコピーを使うようになりました。
  • マイクロバイオームとは、人体内に棲息する細菌群のことで、近年研究領域として特に脚光を浴びています。腸内細菌叢あるいは腸内フローラというのはマイクロバイオームの真部分集合で、人体の最近の多くが腸内に棲息していることから特に着目されているものです。腸以外では口腔内や皮膚にも細菌叢は存在します。
  • 腸内には約3万種類、1,000兆個、総重量にして2kgにもなる細菌が、表面積30㎡(従来言われていた250㎡=テニスコート1面分というのは誤りのようです)に棲息しているとされ、それがまるでお花畑のように見えることから「フローラ」と呼ぶのだそうですが、この腸内フローラは免疫システムや老化防止に大きく貢献していることがわかってきたために一躍注目されるようになった訳ですね。腸内細菌の働きはこれだけでなく、いくつかのビタミン類を合成し、またセロトニンドーパミンの前駆体を合成してくれるということなので、栄養面や精神的な効能も司っていることになります。
  • マイクロバイオームは単に細菌が群集しているのではなく、動的に人体と相互作用しまた変化する高度なシステムと見做すのが現代の見方なのですが、実はその動態については殆ど解明できてないのが現状です。
  • 昨年5月末に、世界最大の腸内細菌研究のひとつ、フランドル腸内細菌叢プロジェクトの初の研究成果として、ベルギー・フランドル生物工学研究所から、千人以上の便検体を分析した結果、腸内細菌叢の構成に影響を与える69の因子が同定された、という報告がなされました。この結果は、将来の疾患研究や臨床研究に重要な情報を供給するものだそうです。2012年に始まったこのプロジェクトは、最終的に5千人のフランドル人の腸内細菌叢を解析し、細菌と健康・食事・生活習慣の関係を明らかにしようとするもので、所謂ビッグデータアナリティクスですが、それでもマイクロバイオームに関するエビデンスの一つが構築されるに過ぎず、この先に新たな診断や治療の研究が必要な訳ですが、従来の診断・治療や健康管理を大きく変える可能性を秘めている領域と言えるでしょう。

 

ペプチド医薬

  • 次世代の医薬品として、核酸医薬と並び注目され、国内外で医薬品メーカーやベンチャーが取り組んでいるのがペプチド医薬です。
  • 従来の医薬品は化学合成で作る錠剤など低分子(分子量500以下)、一方で現在グローバルで売上上位を占める抗体医薬品など生物学的製剤は高分子(分子量100,000のオーダー)と分類されますが、その中間(分子量数千~1万程度、明確な定義はない)のものに核酸医薬やペプチド医薬が位置します。
  • ペプチドはたんぱく質の一種でアミノ酸がつながってできたもので、特定の標的と中分子であることの最大のメリットは、化学合成で生産できるため、製法への依存度が高くまた(現時点では)安定的な大量生産が難しい抗体医薬とは対照的に安定的に大量生産ができ、品質を担保しつつ低コストで生産できることです。
  • ペプチド医薬品自体は実は既に臨床で使用されており、中でもシクロスポリン(商品名ネオーラル)はWHOの必須医薬品リスト(38号で取り上げました)にも掲載されている重要な医薬品ですが、近年上記のとおり各社が取り組んでいるのは、機能性ペプチドと呼ばれ、特定の機能を人工的に付与することができる種類のペプチド医薬です。
  • 日本のバイオベンチャーであるペプチドリームはノバルティスやサノフィ等と既に提携している有望な企業ですが、API(原薬)メーカーの浜理薬品工業も昨年ペプチド医薬事業拡大を発表、また積水化学も既に5年前にペプチド医薬品製造受託事業拡大のためJITSUBO社との提携を発表しています。しかしこの分野は既に欧米に大小多くの競合が鎬を削っている世界となっているため、ペプチドリーム始め国内プレイヤーの事業展開を応援したいところです。

 

Cox比例ハザードモデル

  • また難解なキーワードと思われたかもしれませんが、この統計用語は1980年代前半から既に回帰分析に使われ始め、工学、医学の幅広い分野でますます活躍している数理モデルの一つです。以前このコラムで医療統計をとりあげましたが、医療統計には欠かせないモデルです。
  • ロジスティック回帰(ロジスティックスではありません)は広く知られていますが、統計的に検証したい対象によって当然ながらモデルは使い分けるものであり、医学においてはCox比例ハザードモデルはたとえば様々な要因でハザードつまりある危険事象(疾病、死亡など)がどう説明され、それが治療(例えば薬物の投与)によってどう変化するか、その変化は統計的に有意であるかを検証することに最も適しておりかつ母集団の限界など現実的な制約の中で最も使いやすいモデルとされています。
  • 幅広く使われているモデルなので、ウェブ上で検索すると大学の講義資料など簡単に見つかりますが、一件多変数の指数関数や対数関数が出てくるのでとっつきにくいものの、既にExcelのアドオンなども出ており実用にはまったく問題ないレベルに整備されています。
  • 筆者の友人には医師が多いのですが、彼らと話していると普通に統計用語が出てきます。医学部の講義では医療統計学というのがあり、正規分布、指数分布、ポアソン分布、といった基本的なパラメトリックモデルはもちろん、ワイブル分布といった極値分布、さらにロジスティック回帰やこのCox比例ハザードモデル、また一般化ウィルコクソンモデル、また各種検定など、単にそういう名称があるということのみならず、それがどういうモデルでどういう場合に使うべきものかを医学部では学びます。
  • また、製薬会社にも開発部門に生物統計を専門とする部隊がおり、当然ながら彼らはこういった医療統計に知悉しています。我々コンサルタントがこのようなモデルを使うことは実務上これまではあまりありませんでしたが(戦略ファームでもそうですね)、これまでは取得できなかった情報が容易に低コストで収集できるようになり、より多くの局面で定量化およびそれに基づく意思決定が必要になってくる中、また我々のクライアント側がこういった数理ツール・モデルを駆使するようになっていきアナリティクスの能力を高めていく中、コンサルタントとしても知らないでは済まされない領域になってきているかと思い今回その代表例として取り上げました。

 

オートファジー

  • 昨年のノーベル医学・生理学賞を受賞された大隅東工大栄誉教授の業績で一躍知られることになった「オートファジー」についてはここのところ新聞やTVでさんざん取り扱われているので、ベタな解説は不要かと思いますが、タイムリーな話題なので筆者なりにそれが何なのか、なぜ有意義なのかについて述べてみたいと思います。

  • Autophagy=self-eatingなので日本語では「(細胞の)自食(作用)」と訳されていますが、学会・業界では専らオートファジーと呼ばれています。広義には細胞死の一つの類型であり、細胞死にはより古くから知られる、アポトーシスとかネクローシスがあります。

  • なぜオートファジーがいま注目されているかというと、単純にノーベル賞を受賞したからに他なりません。既にあちこちで書かれているとおり、1970年代に現象としてのオートファジーは電子顕微鏡下で観察されていましたが、長らくそのメカニズムが究明されなかったのです。

  • 日本企業のコスモバイオや医学生物学研究所が「オートファジー銘柄」として株価が高騰したのは、たとえばコスモバイオはオートファジー(アポトーシスもですが)を検出する検査キットを既に販売したいたからであり、医学生物学研究所もオートファジーのモニタリングに有効な抗体を製造・販売しています。

  • ハンチントン病アルツハイマー、パーキンソンといった難治疾患はある種のたんぱく質の(過剰な)蓄積・凝集によることが知られているので、もしオートファジーのメカニズムを究明し、かつそれを人為的にコントロールすることができれば、これら疾病の治療に画期的な手法が誕生することになるので、それは低分子であれ高分子であれ医薬品業界にとって新たなブレイクスルーの可能性を直接示唆します。実際、既に低分子化合物でもオートファジーを誘発する効果を有するものが発見されています。

  • なお、オートファジーは体内のアミノ酸プールを維持すべく飢餓状態で発動するので、たとえば絶食によって自己免疫疾患やがんが治るとまではいかなくとも軽快する、という勝手な筆者の仮説はこのオートファジーのメカニズムがより詳しく解明されればエビデンスが構築できると思いますし、薬に頼らない健康回復・維持のアプローチが有効であることがはじめて証明されるかもしれないと期待しています。

 

間葉系幹細胞

  • 再生医療というとiPS細胞やそれ以前に注目されたES細胞(解明は30年超も前のことですが)が著書も多く出ており有名で人口に膾炙していますが、再生医療の中でも最も今投資が行われている細胞治療(cell therapy)の臨床開発後期段階にあるものは、そのいずれでもなく間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell, MSC)です。
  • 先日FMIコンタクトのある財閥系企業(当該分野での買収に意欲的)と話をした際、先方からMSCに興味があるとの発言があり、折しも再生医療のプロジェクトが始まっていたのでちょうど詳しくなったところで、よい議論ができてよかったのですが、それはともかく間葉系幹細胞というのはiPS細胞やES細胞といった多能性幹細胞とは異なり、より分化が進んだ幹細胞(その名の通り細胞分化を樹状図に描いたとすると枝葉(最終段階まで分化が進んだ)に相当する細胞の手前の幹の部分に相当する細胞の事です。
  • 再生医療というとテルモの心筋シートやJCRのテムセルは既に承認・上市されていますし、また従前からある臓器移植(肝臓、腎臓、心臓等)は広義の再生医療ですが、再生医療の最先端でありかつ最も有望と目されているのはこの間葉系幹細胞を用いた細胞治療であり、この成否で再生医療が本格的に市場としてまた産業として立ち上がることを理解されるとよいと思い取り上げました。

 

エピジェネティクス

  • エピジェネティクス(epigenetics)とは、Wikipediaの定義によると(必ずしも厳密な定義ではないという断り書きがありますが)、「DNA塩基配列の変化を伴わない細胞分裂後も継承される遺伝子発現あるいは細胞表現型の変化を研究する学問領域」ということです。
  • 平たく言うと、DNAに直接関連しない遺伝情報に関する研究領域であり、広義にはその健康・医療への応用・展開のことです。
  • 上記の定義はやたらとアカデミックな定義ですが、要するに冒頭の「DNA塩基配列の変化を伴わない」というところが重要です。
  • 過度な一般化は避けたいところですが、一般的には(医学や生物学を専門とする方以外にとっては)遺伝と言えばDNAに書き込まれていると思われていることと思います。かつてはそういう認識が学界においても支配的でした。しかし近年の研究(とはいっても原理的には1940年に発見されたということですが・・・)で、ヒトを含む個体の形成・変化が必ずしもすべて先天的な要因で定められるものではない、ということが認識されるようになってきたということです。ちなみにepiという接頭辞はラテン語で「超えた」を意味します。
  • 医学においてはがんの診断・治療が引き続きホットな領域ですが、エピジェネティクスの進展は次世代のがん治療にとって極めて重要な役割を果たすことが期待されています。