コンサルタント=ピアニストはきょうも語る

現役経営コンサル兼ピアニストが仕事術とピアノと減量と英語と沖縄とかについて語ります

問題を解決するには次元を上げて考える

かつてアインシュタインはこう言ったという:

We cannot solve our problems with the same thinking we used when we created them.

(問題はそれを作った時と同じ思考では解決できない)

つまり、問題を解決するには、思考を変える必要があるということだ(あくまでも必要条件)。

クリエイティブな問題解決のアイデアを出さなければならない。

クリエイティブな思考というのは、まったく何も無いところからアイデアを生むということではなく、裏返したり、逆の発想をしたり、一般化したりすることで生まれるものである。

自分がよく使う方法は、一般化する、つまり次元を上げることである。

数学で言えば、ある問題の解(答)が定数であるとするとその次元は0であるが、その点を通る直線は1次元、その点を含む平面は2次元となり、さらに曲面となれば3次元となるように、一般化すれば次元が上がり、答の取りうる値は増える。

マーケティングで言えば、「この客にこれを売りたいが買ってもらえない」というのが直面している問題であるとするならば、「この客」「これ」という制約条件を外し一般化するのである。「この客」を外すと、「誰か」が買ってくれることになる。その誰かとは誰か、を考える。「これ(商品)」の価値は何か、その価値を認める人はどのようなニーズを持っており、なぜそのニーズはそもそも存在しているのか、というところから「誰か」を特定していく。顧客の逆プロファイリングである。

しかしそれでもその「誰か」(というセグメント)を特定できない場合はどうするか。あるいは「誰か」という条件を外すことができない(そもそも産業財などで顧客が限定されている場合)場合はどうするか。

そうなると、外すべき制約条件は「これ(商品)」となる。あるいは、売り方(パッケージング、メッセージなど)を工夫する必要が生じる。

しかしそれでも顧客に訴求できる価値を見出せない場合はどうするか。

こうなったら次元を上げて考える必要がある。つまり、そもそもなぜその顧客にそれを売らなければならないのか、である。これは一つのマーケティング仮説であって、いくら商品の属性や売り方を工夫しても売れないということが判明したならば、そのマーケティング仮説は棄却するしかない。そして、なぜそのマーケティング仮説に至ったのかに立ち返って検証する必要がある。マーケティング仮説の検証だけでも経営資源を投入するのであるから、誤った仮説検証を続けることは経営資源の浪費に他ならない。

つまり、ある経営目的を達成するためには、この仮説検証結果を基に、マーケティング仮説を再構築すべきなのである。

以前幹部として勤めていた事業会社でも、マーケティングと開発の間で、「いいものを開発が作らないから売れないんだ」「いや売れない理由を開発のせいにするな。マーケティングの腕のみせどころだろ」という応酬を何度も眼の前でみたことがある。

しかしこの応酬は無益である。製品と売り方、そして対象顧客セグメントはセットである。部門の論理はそうかもしれないがそれでは組織として能力が低いと言わざるを得ない。

ではどうすればいいか。部門の次元で起きている問題ならば、部門の一つ上の次元すなわち経営トップ(CEOもしくはCFO)が問題解決をファシリテートすればいい。

しかしそれでも解決できなければどうすればいいか。そういう時こそコンサルタントの出番である。

コンサルタントの正しい使い方とは、組織内の最高次元で解決できない問題を高い次元で解決する為に使うことだ。

よくある批判「コンサルタントは使えない」とは、アインシュタインの至言を真っ向から無視し、自分の次元で問題を解決することを強いるからである。コンサルタントに真価を発揮してもらうには、そもそも問題の定義から入ってもらうことだ。往々にして問題の認識が間違っていることが大半だからだ。

目標は必要か

戦略コンサルティングファームには明確なキャリアプラン設定がある。

たとえば最初に勤めた外資系戦略ファームでは、新卒で入社した場合アソシエイト、中途の場合はコンサルタントで、2年半から3年半でプロモーション(昇格)し、アソシエイトはコンサルタントに、コンサルタントはプロジェクトリーダーになることが期待される。

自分は中途だったので、3年でプロジェクトリーダーになり、2年間勤めて外資系事業会社に転職するという、ある意味典型的な道を歩んだ。

その当時は自分の人生における目標はそれしかなかったし、副次的に年収も上がったので、海外旅行やファッションなども楽しんだ。

ピアノを弾く時間などとてもじゃないけどとれなかったし、明確な目標があったのでそれで十分だったし、何よりプロフェッショナルとして成長できた。

ピアノを再開してからはそれまで知らなかった数々の難曲を弾ける(曲がりなりにも)ことが目標となり、コンクールやオーケストラとの共演なども目標となりまた達成してきた。

コンクールがモチベーションになっていた時期はしかし既に過ぎた。そもそも音楽は承認欲や競争心に駆られてやっているうちは本質ではない。

そこからさらに自分は進化している。

「見えないものはマネージできない」とビジネスの世界ではよく言うが、そもそも可視化できる程度の目標、他人が作った尺度上の目標など既に自分にとって目標にはなり得ない。

計測不能でpricelessでdivineなコトでしか揺り動かされない。

コンマリ的に言えば「ときめかない」、英語で言えばspark joyしないのだ。

それは何かと言語化しようとこれから試みるが、目標はいずれにせよ自分には必要である。

【読書メモ】生命とは何か

子供の頃から岩波文庫の大ファンである。

今でも良著を読もうと思ったら書店でまず岩波文庫の棚を見に行く。

自分の基本方針として、書物に関しても芸術に関しても「時の試練を受けていないものには時間を使わない」というのがある。

岩波文庫はいずれも古今東西の名著とされるものばかりであり、その意味では既に時の試練を受けている。

今回久しぶりに購入した書はシュレーディンガー著「生命とは何か」である。

www.amazon.co.jp

(なぜAmazonのリンクはうまく貼り付けられないのだろうか。はてなブログAmazon犬猿の仲なのかと勘繰ってしまうぞ・・・)

著者はもちろんあのシュレディンガー方程式に名を残す偉大な物理学者である。

この本は、シュレーディンガーの講演を記したものである。

Amazonサイトでの内容説明にはこうある: 「量子力学を創造し、原子物理学の基礎をつくった著者が追究した生命の本質―分子生物学の生みの親となった20世紀の名著。生物の現象ことに遺伝のしくみと染色体行動における物質の構造と法則を物理学と化学で説明し、生物におけるその意義を究明する。負のエントロピー論など今も熱い議論の渦中にある科学者の本懐を示す古典。」

 

講演の冒頭で彼はとても重要なことを既にこの時に記している。

曰く「●●(ネタバレ回避)」

そう。学問は極度に専門分化している。「学際的」ということが一層重要になっているのであり、彼はこのことを既にこの時点で強く認識し、あえて専門外である生命について話しているのだ。

 

マウイ島

オアフ島には10回を越えて行っているがマウイ島には一度も行っていない。

しかしくっきりと夢にみた。

IQの影響なのか。

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しかし何年もIQは見ていない。

マウイ島の話をしてもいない。

なぜだろう。

 

オレンジセオリー始めました

去年9月から本格的にトレーニングを始め、約半年が過ぎました。

Tipnessに入会し、パーソナルトレーナーの指導も時折受けつつ、毎朝宅トレを30分、を毎日2万歩ウォーキングに加えて続けてきて、すっかり「動ける身体」になってきました。

近所に、いちどがっちりマンデーで取り上げられたオレンジセオリーがあるのは知っていたのだけど、その当時(2018年10月)はまだTipnessを始めたばかりだったので入会を考えていませんでしたが、ここにきてTipnessのスタジオワークアウトがなかなか予約できないことなどあり、心が動いていたので、ジムを変えることを先月から考えました。

そこで、オレンジセオリーの体験レッスン(無料)を一度受け、「これはいい」と思って早速入会し、今月からライト会員(月8回、11,000円+消費税/月)になっています。

www.orangetheoryfitness.co.jp

 

かなり走ることや体幹レーニングに慣れてきた自分にとっても、自分の筋力やその日の体調に合わせて負荷を調節でき、しかもひとり黙々とやって適当に帰るという孤独なフィットネスとはちがい、約20人の「仲間」と場と時間を共有してこの1時間に没頭し、清々しい汗を流す。これはオレンジセオリーのキャッチコピー「世界一の1時間」そのものです。

 

【読書メモ】素直な心になるために

1971年に著された松下幸之助の書である。

素直さということの大切さがようやくわかりかけてきた自分にとり、本を整理していてたまたま以前購入したまま開いていなかったこの本を読むことになったのも出会いかもしれない。

www.amazon.co.jp

 

ここに「素直な心の内容十ヶ条」を松下幸之助さんは提示している。

この一つ一つを「当たり前じゃないか」と受け取ってしまっている人はおそらく素直な心ではない。一つ一つが「まだまだ自分はできていない」と自己否定するのではなく謙虚に受けとめられないといけない。

1 私心にとらわれない

2 耳を傾ける

3 寛容

4 実相が見える

5 道理を知る

6 すべてに学ぶ心

7 融通無碍

8 平常心

9 価値を知る

10 広い愛の心

 

ピアノ買い換え検討中

4年間愛用して(酷使して?)きたKawaiのCA67はいい製品である。

何よりタッチがアコースティックグランドと遜色なく、スクリャービンドビュッシーあるいはショパンでも違和感なく豊かな色彩を(自分の実力の範囲でだが)出せる。

しかしここにきていくつかのキーの樹脂部品にガタがきている。致命的ではないが、気になる。

もちろん修理すればいいのだが、なかなか在宅で出張修理も調整が難しい。

そこで、最新のデジタルピアノを比較すべく、前回購入店舗である新宿の島村楽器に赴き、相談してみた。

ローランドのデジタルピアノの進化ぶりが凄いとのこと。

試弾してみたが確かにそうだ。

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これはいいかもしれない。