コンサルタント=ピアニストはきょうも語る

現役経営コンサル兼ピアニストが仕事術とピアノと減量と英語と沖縄とかについて語ります

仕事が山積

しているが誰にも振れない

モジュール化して分業できる仕事ではない

もはやコンサルとして培ったケイパビリティが活かせる水準ではない

自分の知見と人脈しか頼れない

もう限界だ

 

・・・と思うことはここ半年よくある

そんなときは決してその量と期限に圧倒されることなく、To Doをひとつずつ書き出してみる

これが仕事術のひとつ

大きなくくりで洗い出したら今回は10個あった

ひとつひとつの目的とアクションの方向性を確認しつつ、まず最初に何に手をつけなければならないか、そのimmediate actionに落とし込む

昨日はその10個のうち6つについてはimmediate actionがまずメールをすることなので、クライアント、チームの面々にメールを送った

残りの4つのうち1つは企画書ドラフトを作ることなので、粗い出来ではあるがquick and dirtyをモットーに作成し送付した

千里の道も一歩から

効く薬は良い商売にならない

今年の4月、米国系大手投資銀行Goldman Sachsのアナリストはこう問いかけたという。

Is curing patients a sustainable business model?(患者を治すのは持続可能な事業モデルなのか?)

この発言に対し、ソーシャルメディアでは多くのコメントが寄せられ話題になった。

Cold and immoral.(冷淡で不道徳)

Capitalism at its finest.(資本主義もここまできたか)

詳しくはこの記事に:

www.technologyreview.com

 

Goldman Sachsには知人友人もいるし昔からつきあってはいるが、別にGoldmanだけが特殊という訳でもなく、投資銀行の人間が言うならまったく驚かない発言である。

 

別にこのアナリストの肩を持つわけではまったくない(というか投資銀行という商売はまったく好きではない)が、この発言は製薬業界の真実をついている。

ほとんどの薬は大して効かないのである。高い割には。いやいくら高くてもだ。

そう。効かないから売れ続けるのである。

医薬品開発販売のビジネスモデルの本質を衝いている。

たとえば、一発で糖尿病が治る薬があったらおそらく医薬品市場の市場規模は2割は縮小するであろう。これが高血圧、高脂血症、がん、など大型医薬品がひしめく市場セグメントそれぞれにおいて、「特効薬」「完治する薬」(外科でも放射線でも良いが)があったら市場規模は劇的に縮小する。

どれだけ下がるかは推定し難い。

医療経済的に考えるとそれだけ効果が著しい(著効)ならば薬価も上がるからだが単純に比例関係にあるのではない。

 

この「効果があるとビジネスにならない」のは医薬品だけではない。

英会話がそうである。

健康食品がそうである。

ダイエットがそうである。

いや化粧品や美容もある面ではそうである。

Goldmanのアナリストが言ったことは本質を突いている。

ただし医薬品の場合は業界が業界だけにズバリ正論を言っていいとも限らない。

 

はたらく細胞というアニメが面白い

我が家のBRレコーダー(PanasonicのDIGA)は新番組を勝手に録画する。

アニメがほとんどだがアニメ嫌いなのでほとんどは一瞬で消すのだが、珍しくひとつタイトルが気になって見てしまったらこれが面白い。

 

www.youtube.com

 

人体の様々な細胞を擬人化しているのだが、擬人化するだけでなく面白い作品にするには、それぞれの細胞の役割および細胞の間の関係を完全に理解していなければならないという点でこのアニメは優れている。

 

ちなみに登場する細胞は下記のとおりである(Wikipediaより):

 

赤血球

赤芽球

白血球/好中球

血小板

免疫細胞

ヘルパーT細胞

記憶細胞

モリーT細胞

ナイーブT細胞

エフェクターT細胞

B細胞

マスト細胞

マクロファージ

単球

樹状細胞

ランゲルハンス細胞

好酸球

好塩基球

NK細胞

M細胞

造血幹細胞

胸腺上皮細胞

皮脂腺細胞

色素細胞

毛母細胞

腸管上皮細胞

杯細胞

咽頭細胞

善玉菌

乳酸菌

病原体

肺炎球菌

スギ花粉アレルゲン

インフルエンザウイルス

黄色ブドウ球菌

化膿レンサ球菌

緑膿菌

腸炎ビブリオ

アニサキス

セレウス菌

がん細胞

ライノウイルス

ムンプスウイルス

アクネ菌

デングウイルス

ミュータンス

カンピロバクター

ピロリ菌

悪玉菌

地球上に蟻は何匹いるのか

我が家の3階のバルコニーには蟻さんが多く訪れる。

決して蟻は嫌いではないが、あまりに多いとさすがに気味が悪い。

蟻の行動を見ていると、なんだかとても組織立って行動しているように見える。

自分たちの生息にふさわしい新たな場所を探し、巣を作り、卵を産み育て、食料を調達し、さらに大きな集団、組織になっていく。

かつて人類もこのような営みをしていたのだろう。そして町ができ都市になり国家になった。

それぞれの集団がそれぞれの棲息領域(ニッチ、niche)で暮らしていれば平和だが、組織が大きくなり、棲息領域を奪い合うようになったり、外敵に襲われるとなると平和を維持するためには攻撃と防御が必要になる。

どこかで地球上の蟻の総重量は人間の総重量を超えると聞いたことがある。

本当なのだろうか。

気になったのでGoogle先生に相談してみた。まず日本語で検索してみるとブログ記事があった。

zatugakuou.blog.so-net.ne.jp

出所が明確に記されてはいないが、元ネタは(他の記事でも引用されているが)ハーバード大教授のEdward O. Wilson氏らによるThe Ants(1990)という著書であるらしい。この著書では「地球上の蟻の総重量は人間の総重量と同じ」という主張が為されているらしい(原著を読んでしっかり確認する必要があるのだが)。

 

しかしそもそも地球上の蟻の数をどうやって数えるのか(もちろんフェルミ推定は必須)、100種以上存在するアリ(ハチ目スズメバチ上科・アリ科Formicidae)に属する昆虫)、しかも大きさ(全長)が1㎜未満から4㎝にもわたり、したがって体重もオーダーが3桁異なるであろう膨大な種・数の蟻の平均体重をどう推定するのか。72億人の人間の総重量を推定する方がよほど精度は高いであろう。

 

日本語で検索しても納得の行く推計が無いので、Google先生に今度は英語で相談してみた。するとこのBBCの記事が最も説得力がある。

www.bbc.com

 

もっとも、この記事でも精度が高いと思われる推定ができている訳ではないが、状況証拠的には蟻の総重量は人間の総重量に遠く及ばない(1桁は違う)というのがどうも先のThe Antsの中でされているとされる主張よりは説得力がある。

1京(1万兆)匹ということでこの記事は落ち着いている(The Antsを前提にしている)ようだが、この数字の根拠を、生息域や生態に関して現時点で判っていることに基づき推計する人がいてもいい気がする。

というかそもそも総数で何匹いることが判ったからといって何の役に立つのか、という冷めた意見も聞こえてくるが、実益があるか否かではなく、好奇心の問題なのだ。

どなたか計算してください。

WeWorkは不動産業界を変えるか

グローバル不動産業界を変えると言われているベンチャーがある。WeWorkである。

よくこの手の「●●業界を変える」というのは眉唾のものがほとんどだが、WeWorkはAirBnBUberに次ぐ「シェアリング・エコノミー」の旗手として、確実に不動産業界を変えつつあると言っていいだろう。 

The Economistベンチャー(スタートアップ)を取り上げるのはあまり例が多くないが、それだけ注目に値するということであろう。

www.economist.com

WeWorkはアメリカのスタートアップで、2010年にニューヨークでAdam NeumannとMiguel McKelveyがコワーキングスペースとして創業、非上場だが現時点での時価総額は約200億ドル(2.2兆円)、世界22か国に274か所、床面積合計約100万㎡のシェアドスペースを有し、ユーザー数は26万人を超える。

ロンドンでは民間企業として最大面積の借り手であり、マンハッタンでは2番目というもはや超大型テナントとなっている。このことは不動産業界の間でも注目されており、従来型の不動産投資を変えるという見方も広まっており、このためCBREやJLLといった大手不動産業もWeWorkやLiquidSpaceといった不動産シェアリング企業と提携したり出資したりしているほどである。

WeWorkのビジネスモデルの台頭を後押しするトレンドは日本では働き方改革などと言っているが、既に米国など海外では固定的なオフィスでの固定的な勤務時間といった固定的な働き方に捉われない働き方が浸透また雇用形態も多様化し、フリーランスも増えていることから、ますます固定的な「本社オフィス」からのシフトが進んでいることがあり、これはこれからも進むと見られていることが、WeWorkの驚くべき高い事業価値(専門家の中にはばかげていると冷笑するものもいるが)を説明する一因である。

日本でもTKPのような貸会議室専業、あるいはSpaceeといったスペースシェアリングのプラットフォームが存在し、いずれも成長しているようだ。

我々コンサルタントも、自社オフィスで朝から晩までずっと過ごすということはむしろ少なく、顧客訪問や常駐、出張など動き回ることが多く、コワーキングというよりむしろ出先で1時間、2時間作業をしたりチームで打合せしたり電話会議をしたり(カフェで仕事はしにくい)するには、Spaceeのようなサービスはとても重宝する。

まだ商業不動産市場全体から見れば小さな存在だが、企業の働き方改革、テレワークが進み(ICT技術の浸透にも後押しされている)、従来型の固定床のニーズが縮小すると共に、一時的で柔軟なワークスペースのニーズは高まることは間違いない。

実際にスペースシェアリングを使おうと思うと東京ですらしかしそれほど使い勝手が良いとは言えない。十分な数のスペースもないのでなかなか都合の良い場所・時間でちょうどいいスペースを使えるとは限らないのが現状だ。より多くのスペースが「流動化」されるには不動産オーナー側の意識の変化も必要であろう。

「不動産」であるから不動ではあっても、使い方はより柔軟に小口に適時に適所で使えるようにすれば不動産価値向上にもつながるだろう。現在はたまたま日本の大都市圏のオフィス稼働率は極めて高いが、実際には借り手はついてはいても使われていないスペースは多くある(テナント共用部会議室など)。今後に大いに期待したい。

 

金縛りは睡眠麻痺

3年前に体質改善に取り組み開始以来、風邪もひかず、頭痛もなくなり、アレルギー症状もなく、胃腸も健康で、全般的にとても健康になったのではあるが、一つだけ不調がある。

金縛りである。

金縛りはその昔は心霊現象とみられていた向きもあり、さらに昔は忍者の術とされたいたこともあるようだが、現代においては、れっきとした生理現象であることが立証されているらしい。

日本睡眠学会により定義では:

睡眠麻痺(sleep paralysis)は入眠時、通常入眠時幻覚による不安・幻覚体験に一致して、全身の脱力状態が起ることをいいます。患者は恐怖から助けを求めて起上がろうとしますが、全身が金縛り状態となって身動き出来ず、声もほとんど出すことが出来ません。

とある。

金縛りには週に1~2回の頻度で経験する。昨日もあった。

何かに追われて逃げようとする場面もあるし、普通にただ歩こうとしている場合もあるので、上記の定義の「恐怖から助けを求めて起上ろうとしますが」には該当しないのであるが、歩こうとしても走ろうとしても足がとても重くてなかなか前に進まずとても苦しい状態を体験し、目が醒める。これはとても寝起きが悪い。動悸も激しい。

この状態で目が醒めて起上ろうとしても確かに身体が動けない。これは脳は起きているが身体が目覚めていないということで説明がつくらしい。

毎日fitbitで睡眠状態を計測しているが、確かに中途覚醒状態で金縛りに会っていることは確からしい。

金縛り、いや睡眠麻痺を予防するには、ストレス解消するとか、疲れすぎないようにするとか、いろいろ書かれているが、あまりに一般的な快眠法過ぎて、あまり予防策には聞こえないので信じない。

それより、むしろ楽しんだ方がよいのではないかと思うに至る。

とてもポジティブである。

夢診断に使うもよし。

予知夢と考えるもよし。

とても危機的な状況で身体が麻痺して動けず、車に轢かれたりティラノサウルスに食べられる恐怖に耐える精神鍛錬の機会を与えられたと思うもよし。

実際に忍者が現れて術をかけられたという貴重な体験をしたと思うもよし。

人間は何事からも学べるものである。

神はその人間が耐えられる試練しか与えない。

すべては自分の成長のためにある。

スーパーポジティブである。

ピアノとの対話

昨日の午後、ピアノに関する悩みが一気に解消する天啓を受けた。

スクリャービン の白ミサ(ソナタ7番)を練習中のことだった。

この曲は既に2年は弾いているが、ここに来てようやく様々なアイデアが一つのまとまりになりつつある。

一音一音に全神経を集中し響きを確認しながらタッチやペダルをコントロールしていると、ふとピアノと対話している自分がそこにいた。

ピアノを制しようとしているのではない。

マインドフルに没入しスクリャービンの世界に浸っている自分がいた。

天啓といって良いであろう。

こんな感覚はかつて一度だけショパンマズルカを弾いているときに感じて以来だが、あの時とは違う。自分が何をしているのかを今回は明瞭に意識できているからだ。当時の感覚には再現性が無かったが、今回はある。

この感覚を再現すべく、着手して間もないベートーヴェンの作品109でもやってみた。

今朝は弾けなかった3楽章の第5変奏が無理なく弾けるではないか。

メシアンの喜びの聖霊のまなざしでも試してみた。無駄なカドがとれ、より輝く音でしかも整理して弾けている。

バッハ平均律2巻4番のフーガでもやってみた。無駄な力が抜けて音楽の流れが良くなり、声部が際立つ。

対話は一つ一つの音においてピアノとコミュニケーションができる速度でなければならない。始めて間もない曲は当然ゆっくりしか弾けないが、それが曲と自分が一体になる最速の方法だと思う。

今までの練習は聴いているようで聴いていなかったのだ。ピアノに自分勝手を押し付けていただけ。これではいい演奏はできないし時間もムダになる。

ピアノ再開して10年、やっとこの境地にたどり着いた。しかしこれまでの回り道があって初めて辿り着けた境地でもある。決して今までの努力がムダということではない。

ここからが新たなスタートだ。