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コンサルタントはきょうも語る

現役経営コンサル兼ピアニストが仕事術とピアノと減量と英語と沖縄とかについて語ります

ピアノはパラドックスに満ちている

速く弾けるようになりたかったからゆっくり練習しなさい

豊かな音量を出したかったら力を抜きなさい

ミスタッチしないように考えるとミスする

うまく弾こうと思うと事故る

 

パラドックスに満ちている

大辛グリーンカレー食すの巻

普段は昼はカロリーメイト半箱しか食べない自分ですが、昨日は時間ができたので遅めのランチをちゃんと食べました。

あまり職場近くでもランチを食べないので、あまり店のチョイスが自分にはありません。

しかし辛いものには目が無いので、市ヶ谷にあるタイ料理屋を新規開拓することにしました。

 

Thailand料理Soinana市ケ谷店です。都営地下鉄新宿線出口から靖国通りから一本入った路地にあって歩いてすぐです。

retty.me

 

ここはランチのコスパが悪いと言われる市ケ谷でも、とてもコスパがいい店です。

ランチは680円で5種類ほど選べます。

グリーンカレーを選びました。

ミニサラダとスープがついて680円、元気のいいタイ人女性店員が、注文してからわずか30秒ほどで持ってきてくれました。

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辛さはABCの3段階選べます。

Bでもかなり辛いそうなのですが、ぼくはCのイサーン料理(タイ東北部の地域料理で辛いことで知られる)並みの大辛を選びました。

グリーンカレーなので見た目は辛そうに見えないですが、これはけっこう来ます。じわじわ来ます。蒙古タンメンでもオッケーなぼくでも少しむせるほどの辛さです。

辛いときは水を飲むと却って辛さが増します。

なので飲みません。

味はグッドです👍

タイ米のライスも美味しいです👍

ここはほんと近い安いうまい速いの4拍子揃ってます。

減量中の方にもオススメです。ただしサイドメニューはカロリーオーバーになるのでオススメしません。ひさびさのしっかりしたランチは少し重かったですが、やる気が出ました。

元気になるお店です。

 

ピアノが弾けるというのはどういうことなのか

自分が生まれる前から母が弾きまた教えるのを聴き、また気がついたらいつの間にか家のピアノを弾いていた、「ピアノ歴≒人生」の自分ですが、そもそも「ピアノが弾けるというのはどういうことなのか」を真剣に考えるようになったのは今年になってからのことです。

大学を卒業してから10年前まで実は長いブランクがあったとはいえ、ピアノを弾くことは自分にとって当たり前のことだったので、当然と言えば当然かもしれません。

が、自分で好き勝手に弾いている分にはいいのですが、10月にあらためてリサイタルをやることになり、責任ある演奏をしなければならないこと、またそれ以前に自分で納得のいく演奏をしたいという思いが強くなったことが、このそもそもの論点について考えるようになったきっかけでもあります。

 

クラシックであれば、楽譜に書かれている音を、作曲者が楽譜に書いた強弱記号や表意記号その他すべての情報に基づき、音楽理論に照らして「正しく」、しかし自分なりの解釈とイマジネーションを響きとして再現すること、これができればいちおう弾ける、ということになるのでしょう。

 

しかし、ここで言いたい「ピアノが弾ける」というのは、そのような定義的な一般論ではなく、実際に自分が「ピアノが弾ける」というのは自分がどういう状態にあるのか、「弾けない」状態からどのような変化が起こった結果そうなるのか、をはっきりと言葉で伝えられる形で理解するということです。

 

プロセスとしては、しっかり楽譜を読み込み、自分でも音にしてみて、先生にも指導を仰ぎ、練習し、ステージで弾いてフィードバックをもらい、また練習して磨いていく・・・ということでしょうが、それは状態が遷移する過程であって状態そのものではありません。

 

もし一言でその「ピアノが弾ける」状態を表現するとすれば、自分が「この曲は自分と一体化しているという確信」です。

 

そして、弾けないとは、この状態にわずかでも足りない状態のことです。

これまで数々のピアノ演奏法、練習法、自伝の本を和英問わずまたウェブ上の文書(かなり良いテキストが英語版なら出回っています)が、この考え方には出会っていません。

この確信は極めて体感的主観的なものなので、表現がきわめて難しいということが理由なのでしょう。

しかし今回自分はこの難題の解決に挑みます。

おそらくその感覚は、ピアノ以外でも野球のイチロー選手や体操の内村選手、或いは将棋の羽生さんにも共通する部分があるのかもしれません。

実はこの考え方に至ったのは、先日投稿した若手チェリスト伊藤悠貴さんの言葉で気づいたものです。

 

これが先日の投稿です: 

jimkbys471.hatenablog.com

「生まれ変わったらこの曲になりたい」という思いがまずあるのですね。自分がその曲と一体になっているという、そういう目指す姿が端的に言い表されている見事でストレートな切れ味鋭い一言です。

 

何年か前から、ピアノ上達のプロセスは障害を克服し阻害要因を除去していくものと捉えてきました。

楽曲のポテンシャルを最大限に発揮させ自分のイマジネーションを音にしていく上での障害や阻害要因は、楽曲の理解と身体と心理の統合を成し遂げるあらゆる面に存在します。

ピアノを再開してからの10年、レッスンを受けた先生は公開レッスンやお試しも含めて10人を超えますし、アマチュアピアノ仲間とも頻繁にピアノ上達について語っているので、練習方法についてはかなり語れる方だと思っています。

 

jimkbys471.hatenablog.com

 

練習方法はあくまでも目指す状態に到達するための”How”に過ぎないので、今回語るのはその到達点としての「弾けるようになった状態」です。

「この曲は自分と一体化しているという確信」

 これは具体的にはどういう状態なのでしょうか。思いつくままに述べてみたいと思います。

  • 曲を弾き始めるとき、何の気負いも不安もなく呼吸するように弾き始めることができる。たとえそれがコンクールの決勝であろうが大聴衆を前にしたコンサートの舞台であろうとも
  • 手首にも肘にも肩にも余分な力が入っておらず、肩甲骨から指先までしなやかに自然な流れができている
  • 音を出そうと意識するのではなく、脳内に流れる音楽が自然に紡ぎだされ、指はや手や腕はただそれに従って動いている
  • ただ夢中になって我を忘れているのではなく、明鏡止水の如く頭は冴え耳は研ぎ澄まされ、すべての音が出てから完全に消え去るまですべてを把握できている
  • すべての音は他のすべての音と関係性を持ち、一音一音が独立の音高・音価・音量の情報を持っているだけではなく、フレーズ、楽節における位置付けを含めて膨大な数の関係性の情報を有している
  • 楽譜は和声、表意記号、強弱記号を含めすべての情報を脳内で無理なく再現することができるのみならず、再現する際に身体的運動とも完全に結びついている
  • その曲の世界観というものがまずあり、その世界観のあらゆる部分が完全に自分の価値観と一致し、かつそれが創り出された響によって完全に再現されていながらも、時間芸術としての音楽は二度と同じ再現には非ず、常にそこに新たな価値が生み出されている

 

これらのことが一切の妥協も無くできる状態、これが現時点で自分が考える「弾ける」ということです。

そして、この状態を明確に思い描き、一秒一秒あるいはもっと細かい時間単位でこの状態の実現を妨げるあらゆる要素を確実に排除しこの状態に限りなく近づいていく、そのような練習のあり方と次々に生まれる音楽的アイデアの試行プロセス、これが音楽をすることなのだ、という考えに至っています。

 

これからもこの考えは進化していくことと思いますが、現時点で自分が考えるベストの「ピアノが弾けるということ」の記述にトライしてみました。

ラングランズ・プログラムとは何なのかやはりわからないが少しわかった気がするの巻

昨年だったかNHKの白熱教室が数学の話題だったので珍しくみました。

ハーバードなんとかとかスタンフォードなんとか大学名で視聴率を取ろうという魂胆見え見えの同シリーズにはあまり好感を持てないのですが(自分が通ったミシガンだって専攻によっては全米トップクラスのものもあるのに)、この回はトピックがトピックだけに必見でした。

hon.bunshun.jp

 

「数学の大統一」などと言われるとこれはこの本を手に取ってみないことには始まりません!

しかし和訳の質がとても気になるぼくとしては、原文(英文)ペーパーバックを速攻でAmazonで注文しました。

www.amazon.co.jp

実はまだ半分しか読めていませんが、もともと数学には興味が無く、物理学にとても関心の強かったフレンケル先生の少年時代からの自伝がかなりの部分を占めているとはいえ、初学者にも群論がどういうものがを、ブレイド組紐)理論などを図解して示してくれるのは大変わかりやすいです。

しかし、本質的には最先端の数学の話なので、いくらわかりやすく説明しようとしても限界があります。

最後にはこんな数式が出てきます。

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降参です。

これをフレンケル先生は「愛の方程式(Formula of Love)と呼んでいます。

 

この日本語版のタイトルが「数学の大統一に挑む」とあるのは、原題が"Love and Math"なのにずいぶん飛躍していると思い(たぶん直訳で「愛と数学」では売れないと出版社は判断したのでしょう)、本当に「数学の大統一」なのか確認しました。

序文にこうあります:

"In this book, I will describe one of the biggest ideas to come out of mathematics in the last fifty years: the Langrands Program, considered by many as the Grand Unified Theory of mathematics. It's a fascinating theory that weaves a web of tantalizing connections between methematical fields that at first glance seem to be light years apart: algebra, geometry, number theory, analysis, and quantum physics"

(ぼくの和訳:本書では過去50年間で数学の世界に出現した最も大きなアイデアの一つであるラングランズ・プログラムについて述べます。これは多くの人が数学の大統一理論とみなしているものです。これは一見して互いに遠い関係にある代数、幾何、数論、解析、量子力学といった領域の間の素晴らしい関係を織り成す理論なのです)

 

具体的にどう織り成すかはこの本をまず理解し、その上でこのアイデアを構成する様々な定理や命題を理解しなければならない訳ですが、そのアイデアワイルズ氏によるフェルマーの最終定理のアプローチとそれを可能にした非可換類体論と軌を一にするものではないかと思います(非可換類体論は目下鋭意勉強中であります)。

 

説明できるようになったら本件続編を投稿します!!

p進数の世界観

最近勉強しているp進数がなんか自分の世界観を変えるような気がしている。

「p進数」をGoogle先生に尋ねると、とてもアカデミックな説明が出てくる。

p進数 - Wikipedia

む、むずかしい・・・

明らかに「X進法」(たとえば2進法)とは違うものである。

しかしこれを使うとこれまで証明が難しかった数学の定理が証明できるパワフルなツールらしい。

こちらの解説のほうがまだわかりやすい(がやはりむずかしい)。

peng225.hatenablog.com

我々は日常10進数の世界に生きており、10進数でものを考えているから、この新たな数の体系になじめなくてもそれは当然のことであろう。

しかしもしわれわれがp進数の世界に生きていたらどうなるのか。

いや、p進数(pは素数なので2進数、3進数、5進数、7進数、11進数、13進数・・・と無限にある)は10進数の世界と並行して存在するパラレルワールドなのである。

このパラレルワールドは不思議な世界である。

p進数の世界は距離の概念がまったく10進数の世界とは異なる。

たとえば1と2の間の「距離」は2-1=1である。10と20だったら20-10=10という風に2数間の差(の絶対値)をとればいい。これはアルキメデス距離と正式にはいうらしい。

これに対して、非アルキメデス距離というのがp進数の世界のような「超距離空間」にはあるのだそうである。

p進数の世界における距離の定義は、ある2数の差がpの累乗数(m乗)と有理数の積としてあらわされた場合、p^(-m)で表される。これをp進距離という。

ん?と思ったが、なぜそうなるか、ではなく、こう定義した、ということである。

たとえば、3進数の世界において、1と2の差は3の0乗(=1、この場合m=1)なので、p進距離は

p^(-m)=3^(-0)=1

である。

では1と4の距離はというと、1と4の差は3なのでm=1、p^(-m)=3^(-1)=0.3333333・・・となり、1と2の場合よりp進距離は短くなる。

同様に、1と10の距離は差が9なのでm=2、3^(-2)=0.1111111・・・とさらに短くなる。

すごい。

10進数の世界とはまったく距離の概念が違う。

1からはるか遠く(10進数の世界では)にたとえば1+3^100という点がある。1とこの間の距離はなんと3^(-100)というとてつもなく小さい数字、すなわちとても近くにある。そしてこれをたとえば㎞で表したら観測できる宇宙の中には存在しない地点なのである。

これはまるで特定の地点間が遠いようにみえて実はものすごく近い場合があり、そしてそれはp進数によって異なるがpは無限にあるので遠いようで近い点が自分の近くに無数にあるのである。

ワープ?

すごいことを知ってしまった。

数学者の方々はこれを知っているが一般人には説明してもわかってもらえないので説明してくれない。説明しようとすると先のWikiのようにとんでもなく難しい(とても日本語とは思えない)説明にならざるを得ない。数学とは抽象化の学問だから致し方ないがこのようなすごいことを数学者は考えているのである。未来はどこにあるのか、我々はどこにいくのか、世界はどうなっているのかを聞くなら数学者に聞くべきである。

体脂肪率5%のサラリーマンは何を食べているのか

ぼくが1年半前決意して減量というよりバイオハックに乗り出して以来体脂肪率体重維持のためにやっていることは大きく3つです

 

1. 歩く

2. 食べない

3. モニタリング

 

1.については、再三(しつこく)このブログでアップデートしていますがとにかく歩きます。1日2万歩は守っています。

 

本日は2についてお話しましょう。シンプルです。

  1. 3食食べます。
  2. 間食は一切しません。
  3. 甘い飲み物はのみませんが、朝起きたらスティックカフェオレに小川珈琲店のドリップコーヒーというカフェイン強めの組み合わせで1杯。これで目が覚めます
  4. 日中、水分はブラックコーヒーか水が基本
  5. コーヒーはホットです(体を冷やさない。夏でもホット)
  6. 朝はごはんを半膳、梅干し1個、味噌汁1杯、きゅうりのつけもの、納豆か卵1個、それにヤクルト
  7. 昼はカロリーメイト2本(100kcal)もしくはヨーグルト1個(コンビニの。100kcalぐらい)
  8. 夜は好きなものを食べますが炭水化物はほとんど食べません。から揚げやてんぷらの衣ぐらいです。野菜(根菜ではなくキャベツ、ピーマン、セロリ、レタスなどが中心)、ベトナム春巻き、焼き魚、から揚げ、などです。冬は鍋が多いです野菜がとれるし薄味で。
  9.  ビールは350か500、それにコカコーラ(ゼロではなくレギュラー)でIWハーパー(バーボンです)を割ったものを2杯ぐらい

夕飯は野菜多めです。

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焼肉サラダにすることもあります。

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こんなストイックな食生活にもたまには(月に1度ぐらい)担担麺が加わります。

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 ○IZAPのような過激なことはしません。

1年半もやっていると食欲はかなり抑えられますし行動変容ができてしまっています。

食べ過ぎてもその分消費もしくは排泄されてしまうのでほとんど体重・体脂肪率は変わりません。

痩せ体質になるには無理は禁物です。無理なくただし長く続けましょう。

そのために必要なのは身軽に動けることの快適さを感じること、自分の体形をイメージすること、そして体重、体脂肪率、運動量などを毎日モニタリングすることです。

楽しくやりましょう!

 

 

メシアン「嬰児イエスに注ぐ20のまなざし」全曲コンサート聴いてきました

昨日は仕事を18:00に切り上げて、楽しみにしていたメシアンの嬰児(みどりご、幼子)イエスに注ぐ20のまなざし全曲コンサートを聴いてきました。

会場は銀座ヤマハにあるヤマハホールです。

ピアニストはイギリス出身の中堅、スティーブン・オズボーンです。

メシアン好きのピアノ仲間の多くが仕事で来れないなか、予定を死守して聴きに行った甲斐がある素晴らしいコンサートでした。

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メシアンのこの作品は、あまりに難しく(演奏も理解も)、それほど好んで聴かれるものではない上、弾くピアニストも少ない為、どちらかといえばマイナーな作品ではあるものの、知る人の間ではピアノ史に残る傑作として扱われています。

敬虔なキリスト教徒である、フランスの作曲家オリビエ・メシアンが1944年に作曲したもので、全20曲からなり、演奏時間合計は130~140分です。

楽章 曲名 #Pages 演奏時間
1 父なる神のまなざし  /  "Regard du Père"  5 8'00"
2 星のまなざし  /  "Regard de l'étoile"  2 3'00"
3 交換(神と人との成り代わり)  /  "L'échange"  4 3'30"
4 聖母のまなざし  /  "Regard de la Vierge"  6 5'30"
5 御子に注ぐ御子のまなざし  /  "Regard du Fils sur le Fils"  7 8'00"
6 そのかたによりて、すべては成された  /  "Par Lui tout a été fait"  21 11'00"
7 十字架のまなざし  /  " Regard de la croix"  3 4'30"
8 高きところのまなざし  /  "Regard des hauteurs"  6 2'30"
9 時のまなざし  /  "Regard du temps"  3 2'30"
10 喜びの聖霊のまなざし  /  "Regard de l'esprit de joie"  19 9'00"
11 聖母の初聖体拝領  /  "Première communion de la Vierge"  7 7'30"
12 全能の御言葉  /  "La parole toute-puissante"  6 2'30"
13 ノエル  /  "Noël"  8 4'30"
14 天使たちのまなざし  /  "Regard des anges"  10 5'00"
15 幼子イエスの口づけ  /  "Le baiser de l'enfant Jésus"  14 14'00"
16 預言者たち、羊飼いたち、東方の三博士たちのまなざし  /  "Regard des prophètes, des bergers et des Mages"  6 3'00"
17 沈黙のまなざし  /  "Regard du silence"  10 5'30"
18 恐るべき終油の秘蹟のまなざし  /  "Regard de l'onction terrible"  14 7'00"
19 われは眠る、されど心は目覚め  /  "Je dors, mais mon coeur veille"  6 11'00"
20 愛の教会のまなざし  /  "Regard de l'église d'amour"  20 14'30"
    177

132'00"

 

きのうは楽譜を持参してずっと見ながら演奏を聴いていました。周りの人は「このひと楽譜持ってきてる!」という顔でみていたかもしれません。

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ホールもピアノも素晴らしかった(このホールでは弾いたことがありません)。

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 こんなマイナーな曲の演奏会でしたが、ほとんど満席だったのには驚きでした。

メシアンのこの作品の全曲演奏会は安田正昭さん、菊地裕介さんに続き今回が3回目ですが、これほど席が埋まっていたのは初めてです。

この作品が日本でも市民権を得てきたのかもしれませんね。喜ばしいことです。

いま自分もこの作品の第10番、作品中最も華やかとされる「喜びの聖霊のまなざし」を勉強中なので、その参考のためにとも思って行った訳ですが、そんな思惑を超えてどっぷりメシアンの世界に浸ってきました。

先ず冒頭のピアニッシモが美しい。

6番の長大なフーガ「神によってすべては成された」も超難曲なのですが、ピークまでの息の長いフレーズを緊張感を失わず盛り上げたところはさすがです。

この曲をやってみたいと思ってしまいました。

すばらしい一夜でした。